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「夢酔独言」17

困った時のカテゴリ。

作業は順調ですが、作業が順調だと話題が無くなる罠。

書評とかに手ぇ出した方がいいんですかね?

でもまあ、個人的にならともかく

プロの仕事を偉そうに評論できるほど大層な人間でも無いですしねぇ。

ただひたすら褒めるだけの感想文とか…う~ん(-_-;)


           旅に病んで

29 それから二人連れだって、また伊勢に行った。その男は四国の金比羅に参拝にいくというので山田で別れ、自分は伊勢で十日ばかりふらふらしていたが、少しづつ四日市の方へ戻っていった。ところがある日、白子の松原で寝た夜ひどい頭痛がして熱を出し、人事不省で寝入ってしまった。二日ほどでなんとか人心地がつき、往来の人にまた一文ずつ貰い、七日ほど水ばかり飲んで空腹を紛らわしていたら、近所の寺の坊主が自分を見つけ、毎日麦の粥を食わせてくれたので、なんとか体力が戻っていった。
 二十二・三日ほど松原で寝起きしていたが、その坊主がこもを二枚くれて「一枚は下に敷いて、もう一枚をかけて寝ろ」というのでその通りにしつつ、しばらく過ごしていた。二十三日を過ぎたあたりで、ようやく立ち上がることが出来る様になってきたので嬉しくなり、竹切れを杖にして少しづつ歩くようになった。
 それから三日を過ごし、寺に礼を言いにいったら「大事にしろ」と古い笠と草鞋をくれて、寺を出る時にも呼び止めて百文ほどをくれた。それからなんとか一日一里歩いたが、伊勢路では火の通った食い物が貰えないため、生米を囓っていたが、病み上がりのせいで腹を壊し、場所は忘れたが河原の土橋の下にあった横穴で五・六日寝た。
30 ある晩、若い乞食が二人やってきて「その穴は先月まで神田の者が寝床にしていたところだが、どこかにいってしまったので、次は俺達の寝床になったのだ。三四日ばかりかせぎに出ていたのだが、お前に取られては困る」というので病気のことを話したら「なら三人で寝よう」というので、六七日一緒にいたが、食い物が尽きてしまったので「どうしよう」と二人へ相談した。すると「伊勢の大神宮様は火の物を嫌う故、貰うことができない。在所へいってみろ」というので、杖にすがってそこから十七八町脇の村方へ入った。すると番太郎(見張り)が六尺棒を持って出てきて「なぜ村方にきた。入り口に札が立ててあるだろう。このべらぼうめが」と棒でぶん殴られ、病身のせいもあって気が遠くなった。
 そうしてそのまま村の外へ蹴り出され、這々の体でなんとか橋の下へ帰って来たら、二人が「どうした」と聞くので、ことの次第を話すと「お前米は持っているか」と言うので、貰い溜めた麦と米三四合を見せると、「だったらおれが粥を煮てやろう」と言って徳利の欠けた奴を出してきて、土手の脇に穴を掘って火を起こし、粥を煮てくれたので、少し食った。残りは礼に二人に振る舞った。
 それからは自分も古徳利を見つけてきて、毎日貰った米・麦・ひきわりを煮て食うようになったので困らなくなったが、それまでは本当に食い物には困った。
30 だんだん身体も元に戻ってきたので、そこを出て府中まで戻った。とにかく銭がなくて困り、丁度七月で盆だったのから毎晩町々を貰い歩いたが、伝馬町というところの米屋で小さい皿にひきわりを入れ、施行で店先に並べていたので一つとったが、一つの皿に一文あるのでそっともう一皿とった。すると、米をついていた男がそれを見咎め、「二度とりしやがった」と握り拳で殴りつけてきたので、自分は道端に倒れた。
 しばらくして目を覚たので、観音堂へいって寝たが、その時は二本の杖でなんとか歩いていたので、翌日は一日腰が痛くて、どこへも出掛けなかった。
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