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「夢酔独言」8

筆者は江戸後期の人なわけですが

この人の家系が特殊なわけではないとすると

お侍さんは殿中以外では、結構気軽に刀を抜いてた感じですね(^_^;)

かの宮本武蔵も父親に口答えして、短刀を投げつけられたりしたらしいので

「なんちゅう親子だ」と思ったものですが、案外それほど特殊ではなかったのかもw
    九才の時

⑪九つの時のことだ。養家の親類に鈴木清兵衛という御細工所頭を勤める柔術の先生がいた。一橋殿・田安殿を始め諸大名などにも大勢弟子を持って横綱町にいるから、弟子になりに行けと父親がいうので言うとおりにした。三・五・八・十が稽古日で、自分は初めのうち遠慮して大人しくしていたが、そのうちに悪戯をしだしたので、相弟子に憎まれてえらいめにあった。ある日稽古に向かう途中、半ノ木馬場というところで前町の子供とその親が待ち伏せしていた。それに気付かず通りがかったところで「それ男谷のいたずら子がきた。ぶち殺せ」と罵りながら、竹箒・竹槍などを持ってこちらを囲んだ。すぐに刀を抜いて振り払い、馬場の土手を上って御竹蔵の二間ばかりの泥堀に飛び込み、なんとか逃げおおせたが、羽織や袴が泥だらけになってしまった。御竹蔵の門番は顔見知りだったので色々世話をしてくれ、とにかく家に帰ることして、送って貰うことにした。待ち伏せしていたのは四・五十人。大変目に遭った。それから二月ほど亀沢町を通らないようにしていたが、ある日屋敷の門前を亀沢町の縫箔屋の辰という奴が通りかかったので、なまくらの脇差しで散々ぶん殴ってやった。それを見ていたうちの中間が自分を止めて、辰をその家まで連れて行き、半ノ木馬場の仕返しだと辰の親によく言って聞かせたそうだ。その後は、亀沢町で自分に無礼を働くものはいなくなったよ。
⑫柔術の稽古場で、自分はみんなに嫌われていた。寒稽古の夜つぶし(寒中の徹夜稽古のことらしい)の日のことだ。この日は師匠の許しで、出席のものがそれぞれに持ち寄った物をくうのだが、自分も重箱に饅頭を入れて持って行った。夜の九つ時分(十二時)になったころ、休憩になったので饅頭を食おうと思ったら、相弟子達によってたかって縛り上げられ、天井から吊されてしまった。相弟子達はその下に集まって食事を始め、自分の饅頭も食い始めた。腹が立ったので、上からしたたかに小便をしてやると、相弟子達は逃げたが、食い物には小便が跳ねたので残らず捨てるはめになった。その時はざまあみろと思ったものだ。
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