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「夢酔独言」57の後

そういや中途半端なところで放置していたのでUP。


 自分は虎之助が来ていたので一日中家にいたが、夕方に丈助が宅番所を抜け出ようとしたので、大勢でかかって留めたところ、刀を抜いて騒いだ。その時女房も抜け出し、走って逃げようとしたところを取り押さえて縄を掛け、連れて帰った。それを知った丈助が「侍の女房に縄を掛けるとはどういうことだ」と孫一の玄関でやかましく詰め寄ったので、一同が返答できずに悶着していた。その頃になって地主のところから自分を呼びに来たが「客がいるのでいけない」と断ったところ、再度親類が「是非ともお越し下され」と家来を寄越してきた。そこで「最初からこのようになると思ったので、丈助を抱え入れるのに反対したのだが、聞かずに雇い入れ、親類と相談して自分を立ち退かせようとされた。そのことにも話がないので、知らぬ顔をしていたのですが、今になって頼まれても、丈助は手強いので掛け合いようが無い。その相談は御免いただきたい」と帰ろうとしたら、舅の伊東権之助が色々と弁解して頼むので、「それなら掛け合ってみますが、丈助へ返金の金をお渡しなされ」と言ったら、「その当てはない」と言う。「そんな空談は自分には出来ません」と家に帰ったら、「先生は今まで人助けをしてきたのだから、今回、岡野の諸親類方や頭までがどうにもできず、明日表向になるという大変な騒動を捨て置いてしまうと、今まで積み重ねてきた義々が皆崩れてしまう。この一件もなんとかしてやってはどうか」と虎が言って来たが、「隠居の出る幕ではない」と答えると、さらに「それはそうかもしれないが、今回は孫一郎を救ってやれないか」と言うので、「それなら貴様が岡野の親類たちと話してくるがいい」と返した。それから虎之助が地主のところへいって、「今回の騒動は、左衛門太郎へ全員で頼み、工夫してもらうのがいいだろう」と自分を呼びによこした。行ってみると親戚中が「今回のことはすべてお前に任すから、なんとか無難に収めて欲しい」と言うので、「なんとか片づけてみせよう」と答え、御張衆にも会い、「今回のことは、孫一近親たち一同の頼みで自分が取りはからう手段を用意し、片づけますが、日向守殿はそれでよろしいだろうか」と確認すると、御張衆が喜んで、「それならば、頭を始め、これまでこの件に関わった相番・私どもにとって願ってもない。何分にもよろしく頼み申す」と言った。それから、親類一同から連名の一札をとり、孫一からも「この度の一件で、外部からの口入れなどは一切出させない」という証文もとり、さらに「金の話その他、貴様の思うようにまかせる」という書き付けもとった。そこで皆に向かって「丈助の事を自分が引き受けた上は、なんとか解決しようと思うが、一つ話があります。それは他でもない、この度丈助が増長したのは、失礼ながら皆様のやり方が悪かったからだ。わずかのうちに大金を出しようもなく、もし出せれば孫一郎様の御身上は直るはずだが、見ての通り段々困窮してきて、今となっては着替えの一つもないというのはどういうわけか知りませんが、まったく丈助が勤めた効果が見えないというものだ。まったく行き届いてないのが原因だと自分は思いますが、なにを言うにも控帖を無くしてしまったのは孫一郎様の不注意だと思いますので、この度丈助が立て替えた金を返して事を済ませましょうか。それとも、一文も渡さずに片付けましょうか。思うようにしてあげましょう。もっとも、丈助へ勘定をするには全額ですから大金がいりますが、これはご存じでしょう。お返事次第です」と言うと、皆で相談して「金を払って済ませよう」と言うから、「それならいたって簡単な話です。(以下原文ママ)去ながら不害の金をやるも私は気がなゐ(ここまで)」と言ってやると、皆が「どうすれば金をやらずにすむか」と訊くので、「それはお話しできません。これまで皆様が臆病なせいで、丈助に色々と恥を晒されたのだ。金をやらないようにする方法は、今皆様にお話しすると、目を回してしまうから止めておきます」と説明すると、皆妙な顔をしていた。
 それから「さっそく皆様が居られるうちに丈助へ理解をさせ、宅番所も長屋だけにし、子供も丈助へ渡して、番人共も今夜は安心して寝られるようにしますので、皆様は安心して酒でも召し上がっていて下さい」と酒を五枡用意させて皆へ呑ませ、丈助の宅へ行き、直接掛け合って納得させた。女房子供も長屋へ渡して、その晩から番人は一人で済むようになったので、親類も御張衆も口々に礼を言って帰って行ったが、地主はこの三・四月のの騒ぎで上下の者共疲れたか、翌日は皆が寝過ごした。
 それから丈助を呼んで対談して儀証書を取り交わし、金は十二月十九日に渡す約束をして、当分の手当として十五両内渡しして、これまでの通りに勘定が済むまで扶持方を渡してやったので、何事もなく一日で片がついたので、翌日は一日遊びに出てから孫一方へ報告にいくと、家内中が嬉しがって、良かったと言っていた。
 それからは金の工面をしたが、所詮江戸ではでないので、摂州の知行所へ行くつもりにしていたところが、孫一郎方には丈助の件で出金があり、今日の手伝いにも差し支えるような状態で、飯米も上下三・四十人が食う分も無いということなので、武州の知行所の者を呼び出し、十二月までのまかないを言いつけた。だが、なにも言ってこないので、重々理解させた上でようやく納得させ、十二月までの入用を請け合わせた。それからまた武州の次左衛門という庄屋を呼んで、自分の借りとして道中の資金四十両を出させ、十二月に返す約束にして、十一月九日に江戸を立った。

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