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「乾いた掌」

さて、久し振りのブログ更新ですが。

とりあえずブログは「移植小説」「夢酔独言」「雑記」で回していきましょうかね。

今回は移植作「乾いた掌」で。

原稿用紙十枚くらいづつ、できれば毎日UPできればなぁと思ってます。

        序・ウラギリ

      **********

 東方列島のうち、最も大きな島を二分する大国、ニッショウ国とガリョウ国が戦になったのは必然だった。
 その対立の歴史は数百年前まで遡り、数百年の間に交わされた戦火は無数。
 地図に見る両国の領土は、時代ごとに原始生物がお互いを食い合うがごとくに推移していた。
 その均衡が崩れたのは、時に大東暦八百二十六年。
 冷たい雨の降る、春も大分深まった頃のことだった。

      **********

          1

      **********

 いつのことだったろうか。
「あなた、ほら。あれ……」
 すぐ側から聞こえた妻の声に、男は顔を上げる。
 そうだ、鎮守の森へ遊山に出掛けた時のことだ。
 婚姻を結び、それほど時間が経っていない頃だったはず。
 男が跨った馬の鞍の全部に、横向きで座った妻が、その細い指先で差し示す先で、純白の牡鹿がじっとこちらを見ていた。その姿は、まるで深い森の木々がそこだけ鹿の形に抜け落ちたかのようだった。
 二十丈(一丈=約三メートル)ほど離れているだろうか。野生の生き物だとはいえ、派手な姿だというのに、その距離へ近づいて来るまで気がつかなかった。
 男は少しだけ内省する。どうやら妻と過ごす時間に、知らず知らずに浮かれていたようだ。新婚なのだから仕方ないところもあるだろうが、一軍を率いる者として、それで納得していては兵たちに申し訳ない。
 つらつらと考えながら、男は改めて白い牡鹿に目を凝らす。
 刹那、目が合う。
 どきりと心臓が跳ねた。恐怖ではない、畏怖だ。どうも尋常の生き物ではない雰囲気だ。
 その次の瞬間牡鹿は身を翻し、森の深いところへと大きく跳ねながら消えていく。
 白く仄かに輝くようなその姿が見えなくなるまで、男とその妻はそれを見送っていた。

「それは良いものを見られましたな」
 立ち寄った神社の社殿で、初老の神官が茶を出してくれながら、好々爺然とした笑顔を浮かべて言った。
「白体の獣は瑞兆でございます。しかも牡鹿だったとか。この辺りの言い伝えに出てくるのも、精霊のお使いである白い牡鹿でございますから」
「そうなのか?」
 孤児から身を立てた男は、その類の伝承に関してはとんと疎い。長じてからは多少書物に親しんではいるが、ほとんどが武術や用兵・軍略の本ばかりである。
「そうですよ。本当に貴方はものを知らないのですね」
 男に尋ねられた妻は、ころころと鈴を転がすような声で笑いながら答えた。
 妻はやんごとない血筋の三女である。学という話をするのであれば、男などより遙かに豊富であろう。その口調には、育ちの良さからくる配慮の無さが見え隠れしていたが、いつものことであったし、また本当のことでもあったので、男は特に気にもしなかった。
 なにより、その笑顔を見ていれば、他のことなど男にとっては些細なことでしかないのだ。

 都に帰ってしばらく経った頃、男へ妻から送られたものがあった。
 白銀製のそれは、牡鹿の角の意匠を凝らした首飾りだった。あの日に見た鹿を模したものであるのは一目で判った。
 妻の胸元に、同じ意匠の首飾りが輝いているのが、男には無性に嬉しかった。

        **********

 濁り、腐り果てた色の曇天から、冷たい雨が地表に叩きつけていた。
「将軍! ご無事ですか、カクギョウ将軍!」
 完全に分断され、混乱の極みにあるのだろう。敵と交戦したわけでもないのに、あちこちから悲鳴や怒号が聞こえ、大勢の兵が右往左往する気配に満ちている。
 高熱で焼かれた土と、くすぶる樹木に降り注いだ雨が蒸発し、盛大な湯気を上げている。むせかえるような蒸気をかき分け、濃紺の戦装束に身を固めた若武者が再度の声を張り上げた。 だが、その声も雷鳴に紛れて消えてしまいそうだ。
 様々なものが焼け焦げる臭いが喉を焼く。それに混じり、吹き飛ばされた山土の香りも、雨に紛れることなく鼻をつく。
 焦燥に駆られて足を踏み出そうとした若武者の足が土を踏み崩し、ぐらりとその身が傾ぐ。
 驚きの声を漏らしたものの、地面に両手をついてなんとか転ばずに済む。ほっと安堵を息を吐き出して、若武者はたった今転げ落ちそうになった方へ目を向けた。
 真っ白い蒸気の為に視界は利かず、時間的にも宵の口の上にこの天候。
 だが、その向こうに口を開ける巨大な蟻地獄に似た虚ろの気配がひしひしと鎧越しの皮膚に突き刺さってくる。
 ごくりと一つ唾を飲み込み、若武者は走り出した。
「将軍!」
「……タカオか!」
 駆け出した直後、すぐ横の暗がりから声を掛けられたタカオは、驚いて今度こそ転びそうになった。
「しょ、将軍、ご無事で?!」
「無傷というわけにはいかなかったがな……」
 側仕に脇を支えられながら、高温にさらされたせいかあちこちが焦げている立派な拵えの鎧を身につけた偉丈夫が暗がりの茂みから現れる。
 カクギョウ・スノウ。ニッショウ国二万の兵を率いる右将軍だった。
「一体なにが起きたのでしょうか……?」
 仕える相手の生存を知り、多少は安心したのかタカオは改めて周囲を見回した。
「おそらく、最近ガリョウが大陸から導入したという儀式法術だろうな」
「儀式法術、ですか?」
「うむ。潜り込ませている間諜の話では、威力は絶大だが準備と起動に手間が掛かるため、今のところ待ち伏せ程度しか使い道がないということだったが。とすると……」
「将軍、ご無事でしたか!」
 スノウが言いかけた時、将軍直属である近衛隊長が数名の部下を連れて走り寄って来た。
「ブザンか。軍の被害はどの程度か判っているか?」
「は、確かな数は判明しておりませんが、全体のおよそ三分の一が戦闘不能の状態と思われます。そのほとんどが行方不明ですが、おそらくは……」
 今回率いてきた兵は総勢約五千。ブザンは唇を噛みしめながら、大きく口を開けた虚空に顔を向けたが、すぐに将軍へ目を戻して続けた。
「ただいま手勢のまとめ直しを各所へ指示し、周辺の探索へも人を出しております。すぐに状況は知れるかと」
「で、伝令! 伝令でございます!」
 叩きつけるような勢いの豪雨と轟く雷鳴を貫いて、今度は軽装兵が一人走り込んできた。
「何事か!」
 倒れ込みそうだった軽装兵は、将軍の喝で背筋を伸ばした。
「報告致します! ガリョウの兵およそ一万! こちらに向けて進軍してきております!」
「なんだと……!?」
「おそらくは先遣であり、後方にはさらに多数の兵が続いているようであります!」
 その場に居並ぶものは、皆一様に言葉を失う。
 そもそも、今回のこの豪雨に乗じての強行軍は奇襲作戦だった。
 ニッショウとガリョウの国境には峻厳な山脈が二つ並び、その山脈の間にあるなだらかな平野部が今までの戦では主な舞台となってきたが、地形的な変化に乏しいため戦略的には正攻法だけに偏りがちである。
 歴史上、今までも両山脈を踏破して側面、あるいは後方からの挟撃作戦が両国共に試みられてきた。しかし、地質の関係上地滑りが起きやすいため、大部隊を送り込もうとしても頓挫してしまったり、送り込めたとしても少数の部隊のみの場合がほとんどだった。
 ゆえにその手の策は大きく戦況を変えるだけの有効性を持てず、この地域では下策とされてきていたが、今回新たな軍師の発案と左右将軍の肝煎りで、長期に渡って極秘の地質調査が行われ、その結果かなり大回りにはなるものの、大部隊の移動に耐えられる経路が発見された。
 綿密な計画が練られ、雷雨という常識では最悪の環境が訪れるのを待ち、策は決行されたのだが──。
 機密はかなりの精度で保たれ、ガリョウ側がこちらの奇襲を予想する根拠は無いはず。
 それがこの場のニッショウ兵たち全員の思いだった。
「やはりか」
 苦虫を噛み潰した表情で、将軍は呟く。
「理由は判らんが、ともかく敵軍にこちらの策が漏れていたのは確かのようだ。こうなればできるだけ早急に撤退し、平野に展開している敵軍本隊を足止めしている友軍と合流する」
「伝令でございます! 敵軍は包囲網を展開中、ご指示をお願いいたします!」
 新たに駆けつけてきた伝令が悲痛な声を上げる。
 将軍は慌てた様子も見せず、側仕を下がらせて自らの足で立ち、冷静に命令する。
「タカオ、待機の伝令に撤退を知らせろ。すぐに動く。ブザン、後詰めを頼むぞ」
「はっ!」
 兵達は残らず身を正して最敬礼すると、それぞれの役目を果たすために散っていった。
 将軍──スノウは、誰にも気付かれないようにそっと溜息をつき、胸甲に手を当てる。その下には妻から送られた首飾りが下がっていた。
 今は身重の妻の姿が瞼に浮かぶ。
 こんなところで死ぬわけにはいかん。
 眉間に皺を刻み、曇天を見上げたスノウの顔へ、さらに勢いを増した雨が降り注いでいた。
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