スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「夢酔独言」27

そういやこのカテゴリを半分忘れてました(^_^;)

丁度一つファイルが上がってたのでUP。

さらに今更ですが、ちょっと前一応コミュを立てたんですが、人が集まらずに半ばゾンビ化してるんですよねw

FC2ブログをご利用の方は「執筆研究意見交換所」というコミュですので、ご興味があれば。

文書き・絵かきを問わず、創作活動をしている人間同士

意見交換や感想を募る場になればなーと思っていたんですが(^_^;)

なかなか予想通りには行きませんw

       他流試合の元祖

46 他流は勝負を滅多にしない(他流試合のことか試合そのものかは不明)ので、下手が多かった。自分が十八歳の年、浅草の馬道に生江政左衛門という一刀流の師匠がいたので、ある時新太郎と忠治と自分三人で行って試合を申し込んだ。すると早速に承知したので、稽古場でその弟子と自分が試合した。初めてのことで緊張したが、向こうが下手だったので自分が勝った。
 それから順番に試合をしていって、その師匠と忠治の試合になった。政左衛門が忠治の体当たりを受けて背後の戸板に激突し、戸板ごと仰向けに倒れた。起き上がってくるところに腹を打たれ、忠治が勝った。その日はそれでおしまいになったが、最初に政左衛門が高慢な態度をとったことが腹に据えかねていたので、帰りがけに玄関の看板を抜き打ちにして落とし、持って帰った。それからあちこちに出掛けていって暴れた。
47 馬喰町の山口宗馬のところへ神尾・深津・高浜に自分を含めた四人で出掛けていき、試合を申し込んだ。すると自分たちを上げてなにやら高慢をぬかしたので「試合をしよう」と言ったら「今晩は都合が悪い。またこい」と言い出したので、帰りがけに高浜が入り口の暖簾を刀で切り裂き、奥へと放り込んで帰った。
48 それから同流派で、下谷あたり浅草・本所の辺りで他流試合をする連中は皆自分の指図でやっていたので、自分は二尺九寸の刀を差して先生面をしていた。その頃弟子の多かった井上伝兵衛先生のところの主立った連中は自分の配下同然になり、藤川鴫八郎門人に赤石郡司兵衛の弟子、団野のは言うに及ばず、諸方へ他流試合にいったが運良く皆勝った。中興の他流試合は、この頃自分がまず始めたものだ。
49 その翌年の夏。遠州掛川の雨の宮大明神神主中村斎宮の息子が江戸へ出てきて、石川瀬兵次という武芸者の弟子になりたいとあちこち訪ね歩いているというから、それを知った自分が世話をして石川の弟子にしてやった。話を
聞くと、瀬兵次が三州吉田に行くときにその斎へにきて、息子の剣術師である何とかの隼太という奴と試合をして、あっさり石川が勝った。
 その時調子に乗った石川が隼太の腿に乗り、槍(元の字は金編)を振り回して見せたので、名人だと思って後を追い江戸に来たというが、田舎者とは馬鹿なものだ。その頃の石川は先生の中でも一番下手だった。斎宮の息子は帯刀という名前だったが、その後精を出し、目録になって国へ帰っていった。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

shibataya

Author:shibataya
人生行き当たってバッタリ。

Twitter
月別アーカイブ
最新記事
最新コメント
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
検索フォーム
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

オンラインカウンター
FC2掲示板
初音ミク 名曲メドレー


presented by 初音ミク オリジナル

フリーエリア
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。